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高松高等裁判所 昭和48年(く)9号 決定

少年 M・J(昭三三・四・八生)

主文

原決定を取り消す。

本件を高知家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意(少年の附添人藤原周作成名義の抗告補充書をも含む)は、本件非行の態様、回数や少年には他に非行歴がないことに徴しても、少年の資質が収容保護処分によつて矯正するのを相当とするほど悪性でないことが明らかであるのみでなく、本件を契機として少年自身、深く前非を後悔して更生の意欲にもえているほか、地元中学校でも少年に対する従来の指導方法に欠ける点があつたことを反省し、家庭の母や兄、近隣の有力者、学校の教師等、関係者全員が少年に対する監督や指導態勢を改善したので、少年に対しては在宅保護処分に付することで十分であり、原決定の処分(初等少年院送致)は著しく重きに過ぎて不当であるから、取り消しを免れない、というのである。

そこで記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、(一)、少年は貧困な家庭に生まれた八人同胞の末子であつて、小学校二年のとき父親と死別した後は病弱な母の手で育てられ、四番目の兄M・Y(二一歳、○○市役所勤務、高校卒)と五番目の兄M・O(一七歳、左官見習、高校中退)との四人暮しで○○中学校へ通つていたものであるが、本件は少年が昭和四八年四月二四日から五月二一日までの間に前後四回にわたり、遊び友達のA(同中学校二年生)、B(同二年生)、C(同一年生)らと一緒に○○市内の商店やバス切符販売所へ空巣に入り、現金合計四万二、〇〇〇円余を窃取し、その間に一回、夜分、長兄の第一種原動機付自転車を無免許で運転したものであり、窃取した現金のうち少年が領得した合計約一万円の大半をボーリングや飲食代に使つたことをも含めて、非行の動機、態様、回数等に徴し必らずしも軽視できないものであり、各窃盗の実行行為については少年が主導的な役割を果した形跡はないけれども、共同行為者の中では少年が最年長かつ高学年であり、仲間の主領格であつたことが窺われ、(二)、少年の非行前歴は昭和四七年三月から四月にかけてAらと○○市周辺の寺院の賽銭箱から数回にわたつて現金三、〇〇〇円ほどを窃取したことにより○○警察署で補導されたことだけであるけれども、そのころから少年は○○中学校で同級生や下級生に対して些細なことで一方的に殴る蹴るの暴力をふるうことが多くなり、教師の説論に服さず、担任教師らが家庭訪問するのを待伏せて石等を投げつけ「殺してやる」等と怒号して引き返させたこともあり、本件窃盗非行の際にも友達と一緒に市内の公民館(○○館)で一夜を過し帰宅しなかつたことがあるのに、母親は少年を盲愛するのみで監護能力なく、家庭にいる二人の兄も若年であることや、仕事に追われて十分な保護能力を期待できなかつたことが認められ、これらの諸事情に徴すると、本件は家庭裁判所に係属した初回の事件ではあるけれども、少年の資質、環境を在宅指導によつては改善困難であると判断して、少年を初等少年院へ送致することとした原決定の処分も首肯できないものではない。しかしながら、少年は本件非行によつて少年鑑別所へ観護措置をとられて以降は相当に反省の情が窺われるうえ、少年自身が作成した本件抗告申立書において率直に悔悟と更生の決意を述べており、これを聞知した隣家に住む○岡○(二八歳、○○地区常会長)は少年の母、兄を補助して少年を親身に監督指導することを申し出て、○○中学校の担任教師等数名は近時、松山少年院へ出向き、少年と面接して素直さを取り戻していることを感知し、少年を同中学校で卒業させたい意向を上申するに至り、その他、地元の保護司数名からも少年の帰宅を望み、指導に尽力する旨の上申書が提出されて、これら保護環境が整備されることによつて、少年自身の生活指導および不良仲間等との交遊関係の改善もなしうる見通しがつき、さらに少年は昭和四七年度における高知県下の中学相撲大会に出場して二年生ながら個人優勝を遂げており、今後、専心努力して相撲競技や高校の進学にも立派な成績を挙げたいという少年の抗告申立の理由も真情を述べているものと考えられること等の諸般の事情を総合すると、少年に対しては保護観察等の適当な専門的指導を受けさせることによつて十分、更生を期待できるものと認められる。したがつて、現在では原決定の当時とは相当に事情を異にし、少年を少年院に収容しておくよりは、むしろ中学生活に復帰させ、教師や近隣の人達の熱意により更生をはからせるのが相当であるというべきであり、原決定はこの点で少年に対する処分が著しく不当な場合に該当するということができる。

よつて本件抗告は理由があるから少年法三三条二項、少年審判規則五〇条により原決定を取り消し、本件を原裁判所である高知家庭裁判所へ差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 目黒太郎 裁判官 宮崎順平 滝口功)

昭四八・八・一九付け少年作成の抗告申立書

抗告の趣旨

一 窃盗の事件で僕達といつしよにやつた人達はどうして審判をうけないのですか。僕達は四月二〇日ごろ○○の雑貨店などで約三万円というお金を取りました。A、B、Cそして僕です。そのほかにも五月になつてから食料品などで僕とABは九百円という金を取りました。皆な公平に分けました。そしてその日の四時ごろ○○釣具店などで六千円ぐらい取りました。そのほか県交通の切符売場などで約三千三百円ぐらい取りました。その時は僕とB、C達の三人です。そのほかにもA、B、C、D、E達はほかにもたくさんの窃盗をおかしています。それなのにどうして審判をうけないのですか。

二 県交通の切符売場で僕達は三人で盗みに入りました。この時僕は、Bにさそわれていつしよに入つたのですが、審判の時裁判官は僕が中心になつて盗をしたといいましたが、それはちがいます。

◎事件は窃盗だけなのに裁判官は交通違反もいつしよにするといいましたがそれはどうしてですか。

三 審判の時お母さんが言つたこと兄さんが言つたことをどうして信じてくれなかつたのですか。

◎審判の時裁判官はどうして私しの気持、決意を聞いてくれなかつたのですか。

◎僕が少年院に行くようになつたのはどうしてですか、わけがしりたいです僕は不服です。

◎僕が一番年上なので責任がおもいのですか。僕と同級生もいます。

四 現在の気持

僕は鑑別所の生活は真面目に規則正しい生活をやりました。そして、自分のした悪いことを反省し毎日をすべて努力してきました。家に帰れるようになつたら石にかじりついてでも真面目な人間になるつもりでした。先生のいうことは聞いて学校の規則もどんな小さいことでも守り友人ともたすけ合つて中学生らしい生活をやつていきたいと思いました。それに親の言うこと、兄のいうことは、きちんと守り他人にめいわくのかからないような人間になりたいと思いました。それに高校へ行きたいのです。高校へ行つて自分の心をきたえ直したい。○○中学で相撲もやりたいと思います。自分の体をきたえ○○○大会でまた優勝をしたいです。窃盗の事件が○○の警察に見つかつたのは、五月の終りでした。それからの僕は人のかわつたように真面目にやりました。だからせいせきの方もよかつたです。僕はやつたらできます。自分でも一からやつて行くつもりでした。それから悪いことをさそわれても、それがことわれるような立派な人間になりたいと思つています。よい友人と勉強をしたりまた遊び、そうした生活の中からよい習慣を見につけ仲よく明るく生活がしてゆきたいです。先生達の言うことは素直な気持で聞き自分のことも先生に聞いてもらい、おたがいに仲よくやつて行きたいのです。僕がこんな悪いことをしたのはいけないですが、それをつぐなうためにも○○にその金を取つた所にあやまりに行きたいと思つています。悪いことは死んでもくり返しません。もつともつと真面目になりたいと思つています。夜は外出をしません。五時になつたら家に帰り家を出る時は朝でも昼でも親にいきさきを行つて出ます。兄さんのいうことをよく聞いて勉強にはげみみんながおどろくような人間になりたいと思つています。悪いことやぼう力などはまちがつても二度としません。中学生生活もあとわずかなので最後のしめくくりをしたいと思つています。

家に帰してくれるのなら何んでもします。私しは少年院に入るより○○に帰り真面目な中学生生活をするほうが自分じしんよいと思います。私しは真面目な人間になる自信があります。先生に僕のかんとくをしてもらい、学校の一時間一時間を全力でやり運動、勉強、文化祭なども真面目な気持でやりたいです。クラスの友人達とも仲よく勉強し運動をやり、おたがいにたすけ合いながら自分も真面目な気持でやつていきたいと思つています。僕の気持を聞いて下さい。こんな気持ちになつたのははじめてです。僕がこんなにやる気持を出したのは心の誓いです。僕の誓いをぜひ聞いて下さい。絶対に悪いことはしません。うそをついたらどうにでもして下さい。僕は一日でも早く家に帰り、今までお母さんや兄さんにかけたくろうをつぐないたいと思います。普通のつぐない方ではいけないと思います。僕が真面目になるのがほんとうの親こうこうと思います。自分でもこんな悪いことをするのがこわいです。○○の方に帰り真面目な人間になりたいと心から思つています。僕に一度だけチャンスを下さい。立派に立ち直つて見せます。裁判官や調査官そのほかの人達も僕らが一日も早く真面目になることを祈つているはすです。だからこの僕に一度チャンスを下さい。けつしてむだにはしません。立派な人間になりたいと思つています。僕が真面目な人間になりそして親や兄がよろこんでくれる立派な人間になりたいと思います。僕は少年院に行くより○○に帰り、死んだつもりで一つ一つを真面目な気持でやり自分の心をいれかえ先生や友人と仲よく真面目にやりたいです。僕がここに書いたことは心の底から思つたほんとうの決意です。どうかこの気持をくんで下さい。僕にチャンスをあたえて下さい。けつしてむだにはしない。みんながおどろくような人間になつて見せます。少年院に入つたら高校のしけんまでに帰れません。僕は高校に行きたいのです。僕のたのみを聞いて下さい。僕は悪いことをしました。そしてもういろいろ反省もしました。そしてがんばつてどんなつらいことがあつてもくじけないつもりでした。それなのに少年院に行くとはなさけなくてくやしいです。絶体に真面目になります。僕にチャンスをあたえて下さい。立派な人間になつてみせます。僕のほんとうの気持です、どうかわかつて下さい。僕が今家に帰りそして真面目になるチャンスを下さい。今裁判官の力をかりたいのです。僕が家にいなかつたらお母さんはかなしくて病気に負けてしまいます。僕の考えを聞いて下さいどうかお願いします。

原審決定(高知家裁 昭四八(少)九三五・三三九五号 昭四八・八・一七決定)

主文

少年を初等少年院に送致する。

理由

本件非行事実

少年は

(1) Aと共謀の上、昭和四八年四月二四日午後八時頃。室戸市○○×××番地○○雑貨店において、○吉○市所有の現金三一、九〇〇円を窃取し、

(2) 右Aと共謀の上、同年五月二〇日午後三時三〇分頃、同市○○×××番地○○雑貨食料品店において、○島○周所有の現金九〇〇円位を窃取し

(3) 右Aと共謀の上、右同日午後四時頃、同市○○×××番地○○釣具店において、○田○代所有の現金六、〇〇〇円を窃取し、

(4) 単独で、同月二一日の午後八時頃、同市○○××××番地の×県交通バス切符販売所において、○保○子所有の現金三、三四三円を窃取し、

(5) 公安委員会の運転免許を受けないで、同年三月三日午後一〇時頃、同市○○○○○自動車株式会社付近道路において、第一種原動機付自転車を運転し

たものである。

罰条

(1)から(3)までの事実につき、刑法第二三五条、第六〇条

(4)の事実につき、刑法第二三五条

(5)の事実につき、道路交通法第六四条、第一一八条第一項第一号

情状及び措置

調査審判の結果、少年には資質及び環境の両面に亘り、種々問題のあることが判明した。その主要な点は家庭裁判所調査官の(昭和四八年八月一六日付)調査票中意見欄に摘記している通りである。

よつて少年に対する措置につき考えるに、少年が上記のように改善困難と思われる種々の問題を有することから考え、再非行の危険性は相当高度であるというべく、在宅保護による更生には全然期待が持てないので、少年を初等少年院に送致してその更生を図ることとし主文のとおり決定する。

適条

少年法第二四条第一項第三号、少年審判規則第三七条第一項、少年院法第二条。

少年M・Jの少年調査票〈省略〉

受差し戻し決定(高知家裁 昭四八(少)一二五八号 昭四八・一〇・一三決定)

主文

少年を高知保護観察所の保護観察に付する。

理由

(本件非行事実)編略

(罰条)

(1)から(4)までの事実につき、刑法第六〇条、第二三五条

(5)の事実につき、道路交通法第六四条、第一一八条第一項第一号

(情状及び措置)

再度の調査・審判を遂げるに、少年の非行はその経過・態様に照らし必ずしも軽度のものであるとは云えず、少年は日常活動においても周囲の生徒に暴力を振い、学校の指導にも耳を傾けないでしばしば反抗的態度を重ねていたものであるところ、本件差戻前の少年院送致決定の頃を契機に、自己の非を悟りはじめ、内発的な更生の意欲が顕らかになつてきたこと、更に再度の鑑別所収容中の言動においてもそれが具体的に表れはじめたこと、並びに地域社会においての少年の更生に対する理解と愛情が格段に深まつてきたことが、それぞれ認められる。将来への少年の積極的な意欲をも考慮して、少年に対し在宅保護のうえ更生の機会を今一度与えることが相当であると思料される。

(適条)

少年法第二四条第一項第一号、少年審判規則第三七条第一項。

裁判官 浦島三郎

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